6 芋あぶりと豆腐汁の馳走

 和田の某家と聞いたが、酷く吝嗇な家があった。人に恵むなどという事は、更 になく唯蓄える一方である。家は普請され、土蔵は建てられた。しかし矢張り相 変らずの吝嗇家で衆人のためなどと言う事は露程もない。そういう有様だから、 人に馳走するなどという事は更にない。これが附近の人々の話柄になっていた。 今日も佐兵次の寄寓する某の家に四五人の人々が集まって炉辺をかこんで話を しておった。話を聞くと誰一人として、彼の家に行って馳走になった事はないと 言うのであった。黙って聞いて居った佐兵次、
「皆の衆、あの家に行って馳走になる事なぞは雑作もない話だ。俺などは思った ものは何でも馳走になられるが」
 と語った。居合せた人々は異口同音に、
「いか程、佐兵は頓才勝れても、相手が相手だから、それだけは出来まい」
「そんなら、今夜にも行って馳走になって見せるがどうか」
 一座の人々、いつもながらに佐兵次の頓智に手痛くやられているので、今度こ そ奴の高慢鼻をへし折ってやろうと、先ず年長の治平さん、
「よかろう、だが佐兵や、先方に行って、もし馳走になれなかったらどうするぞ」
 佐兵次は笑いながら、
「そんなら、俺が馳走になって来たらどうする」
 と、仲々理屈には負けていない。
「じゃ、貴様が馳走になって来たら、みんなで手前の呑める丈酒を買おう、しか しもし馳走になれなかったら…」
「そんな事、大丈夫、もし負けたら、この首やるぞ」
 一同手をたたいて笑った。又佐兵次の十八番は始まったぞ。結局、もし佐兵が 勝ったらうまい肴で酒十杯買う事、もし負けたら一同の家に無給で一ヶ月づつ働 くという条件、見届け役として治平さんが付添い一緒に行く事になった。
 家を出るとき、佐兵次、
「皆さん、酒は早く買って貰いたい、但し上酒たのむ、肴は美味い品を買って来 て呉れ」
 一同その言いぶりは余りに心憎かった。秋の日脚は短かくて、日は大荒山にトッ プリと落ち、和田脊陵山脈も暮色につつまれた頃、二人同道で、かの家を訪れた。
 今しも一家秋の収穫から帰って炉辺に集まり、夕飯前に芋あぶりをしておった。
これがこの家の家法であった。
 治平さんと佐兵次とが訪れると、あわてふためいて芋を灰の中に埋めてしまっ た。夕飯のおさかなとて炉には豆腐汁鍋がかかって居る。
「これは治平さんに佐兵さん、何か出来ておいでか」
 という。
「いや、別段に用という程でもないが…」
 治平さん、どうして佐兵次は馳走になるのかと固唾を呑んで見ている。やがて 佐兵次はポツリポツリ話のいとぐちをきった。
「先頃の大洪水で五輪窪の橋は流れてしまったので、村中で橋普請を始めた。何 せ流れの急な天王川の事であるから今度こそ流れぬようにと、部落の人々の意気 込みはたいしたものであった。朝の三時頃というに起きて現場につめて一生懸命 に働いた。木はお林から切られて場所に運ばれた」
「こう見えても佐兵次など一年中村の厄介になっているから恩を報ずるは是の時 と第一に駆付けて働いた。その中大杭は打ち込まれた佐兵次などは向う鉢巻をし て、赤いたすきがけ堂突歌を歌うと、どんどん杭は打ち込まれた。それが終ると 又こちらの方に」
 と火箸を引上げると芋は引上げた。
「これは芋か、芋なら佐兵次の大好物一つ御馳走になって」
 皮をむいて頬張った芋食いは終ると、又杭打ちは始まった。
「又こちらに打込まれた」
 又火箸でブツリ、拳大の芋は上った。
「又芋か、こちらの芋は格別うまい」
 橋普請の話は又続く。杭打ち初まる度は芋は上った。一家は唖然として、治平 さんアングリ一人言。
「えらい」
 その頓智頓才には唯々敬服の外はなかった。芋が尽きると橋普請の話は終った。
二人の来客のためまだ夕食にしない豆腐汁の匂いはうまそうだ。佐兵次はこの 豆腐汁に目をつけた。
「己れの部落の親方は昔話が大好きで、おれが行くと喜んで色々と話して聞かせ る。先頃行ったら面白い昔話を聞いて来た」
「佐兵や、昔の英雄豪傑は偉い親の讐を打たんが為めには、どんな艱難もいとわ ず、幾年も幾年も撓わずに腕をきたえて親の讐を打ったものだ。宮本武蔵は親の 仇、佐々木巌柳を打たんとて、千辛万苦をなめたが、あの巌柳の燕返しの太刀を 破るには自分の腕は未だ未熟であった。思案の末、かねて天下に知られた剣術の 先生塚原ト伝が深山に隠遁したという事を聞いてはるばるそこへ尋ねたのであっ た。山又山と分け入り、其の日の夕方遙か前方に当って灯の光がチラリと見えた が、これが先生のかくれ家と思って訪れば、一人の老人がおった。
「道に迷った者一夜の宿を願ったら、見る通りの小屋なれば食うものなしとて断 られた。再三歎願の末、宿を借りることとなり、稗飯を馳走となって、武芸の話 に花が咲く。
 その内、老人はコクリコクリ居眠りをはじめた様子、炉中の ほだ 火 (び) は盛んに燃え て居る。武蔵は何とかして試して見たかった。頃はよしと傍にあった木剣取るよ り早く老人の脳天目がけて打ちおろした老人の頭は真二つと思いきや、眠った筈 の老人、炉にかけた鍋の蓋を取るより早く、ハッシとばかり受け止めた」
 と、佐兵次、豆腐汁の鍋の蓋を取るより早く木剣を受け止める真似をした。
「あっ、豆腐汁か、佐兵は豆腐汁なら何よりの好物、一杯馳走しておくれ」
 一家は思わぬ佐兵次の話に釣込まれ、其の計略とは夢とも知らず。
「かかぁ、佐兵次さんに豆腐汁御馳走し申せ」
 やがて、汁椀に一杯御馳走になり、盛りかえてまた一杯。
 治平さん、開いた口が塞がらず、唯一人傍で苦笑するばかり。こうして佐兵次 の手へ五十文の金は握られた。十杯の酒は若衆に振舞った。
〈天保時代の逸話・今井春吉〉
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