48 酒田の本間さま(1)(2)

        (1)
 むかしから、あんな大旦那さまでなかったのだど。朝げ早く起きて川杭拾いに行ったごんだど。そうしたところが、何か川杭さ引っかかっていたものあっずもの。なんだべと思って、杭さ引掛っていたものあるし見たらば、縞の財布のようなものだずも。それから拾い上げてみたらば、ずっしり重たいずなだもの。そうして開けてみたらば、お金いっぱい入っていたずもの。これは何者落したか、流したか知しゃねぇど思って、時の代官所さ届けたごんだど。そして落した、無くしたという者近所にいねがったずもの。そして、
「お前は朝起きの、さずかりもんだから、お前にやる。落し主ないから…」
 て、もらったために、その百両の金で、ほうぼうの荒れた田地を起すやら、買い集めるやらして、酒田の本間さまは、あれだけの身代になったなだど。どーびん。

        (2)
   むかしあったど。酒田の本間さまは、自分の持ち田を廻るに一週間もかかることであったど。テクテク、小作やら、何やら見廻りに歩くに、あるとき、廻って行って茶屋で休んでいたど。そしたば、西行袋みたいな、肩さかついだ人も来て休んだごんだずも。そして、
「どこまで行く」
 て聞いたど。そしたば、
「おれは石屋で旅歩っていんなだ」
 て、こう言うたど。
「ほんでは、おれぁ、石垣ちいと直したいどこあるから、あの、おら家さ行って呉(く)ろ、おれぁ今日、二日くらい帰んねがら」
 て、そう言うずもの。
「まず休んでろ」
 て。そう言わっで、袋さげて行ったもんだど。そしてこんど玄関さ行って、
「おれは、こっちの家の旦那の友だちだから…」
 なてはぁ、大きなこと言うて、入って行ったど。そういうもんだからはぁ、
「大事な金、いっぱい入ったなだから、大事にしまっておけ」
 石屋なもんだから、金には相違ないごでな。この番頭衆はしまったど。その袋。
 そしてこんどは、
「金持っていっど、これ泥棒でも恐っかなくて、こんな仕度して歩(あ)るっていんなだべ、この旦那さまは…」
 と、こう思ったど。そして座敷さ上げて、
「まず何御馳走したらええべ、旦那さま」
「おれは江戸から来たなだ、湯豆腐でもして来い」
 湯豆腐なんて、その酒田のあたりでは知しゃねがったど。そうして据風呂さ豆腐切って入っで沸かしたごんだど。そして、
「さぁ、まず湯豆腐出たから、入っておくらぇ」て言う。
「何語っていんなだ。湯豆腐ざぁ、鍋で煮て、醤油つけて、酒の肴に食うもんだ」
 て教えたど。
「いやいや、おれぁまた湯豆腐なんていう、風呂の中さ入れるもんだかと思って風呂いっぱい豆腐入れておいた」
 て、そう言うずも。そして寝て、職人なんだし、朝げ早く起きたど。したば、そこの番頭さんも早く起きて、一番番頭が、
「お客さま、お目ざめだか」
 て、座敷の外で言うずもの。
「ああ、目覚めっだぜ」て言うど、
「今、米、港さついた、いっぱいお買いになりませんか」
 て、こう言うたど。
「なんだ、この旦那さま、米の一杯ばり買えなて、米の一杯ばり買わねば食(か)んねなだべか」
 こう思ったど。
「一杯でも二杯でも買っておけ」
 て、こう言うたど。そうしたば、番頭の言うのは船一杯であったのだど。それ知しゃねで、「一杯でも二杯でも買っておけ」て、こう言うたごんだど。そう言うもんだから、番頭は二杯買ったごんだど。そうしてよっぽど経(もよ)ったら、
「旦那さま、なんだか値ええから、売ったらどういうもんだ」
 て、夕方になったら言うずも。
「ええようにしろ」
 て、こう言うたど。そうしたら、その番頭は売ったって。こんど、お金、盆さ山のように積んで、
「お客さまの利益は、これだけであった」
 て、持って来たど。さあ魂消てしまったずものな。それからこんど、馬鹿でもなかった人だごでな。なんぼ石屋でも、『はぁ、船一杯であった』と悟ったずも。そうすれば、
「小遣いにしろ」
 なて、わしづかみにして、ちいと呉(く)っで、
「さぁ、これは旦那の来ないうちに逃げんなねもんだ」
 と、こう思って、それ攫ってはぁ、気付かんねうちに逃げねねと思って、番頭に、
「ちょっと用達しに行ってくるから、御主人帰ったら、よろしく言うて行ったって、こう言うて呉(く)ろ」
 その金ぁ、こんど、風呂敷かりて包んではぁ、逃げてしまったど。そして近江の国というところまで逃げて行って、酒屋を始めたもんだど。そしてトントン拍子に仕事もうまく行って、こんど立派な身成りして、酒田の、あのときのおかげだと、お礼に行って来(こ)ねねもんだと、ステッキなどついで来たごんだど。 「旦那さま、おれ、あのときの石屋だ。泊って、これこれであって、お金をもうけてもらって、それを資本にして、おれは近江で今で酒屋して、近江の酒屋って言えば、おれだ」
 て、こう言うて礼言うたど。
「よく来て呉っだ」
 て、その晩げ泊めたど。そして朝げ、暇乞いして帰んべと思ったど。そうしたば、上り台さ西行袋ちゃんと出してで呉っだど。
「これが、あの時の、あなたの忘れもんだ」
 て、本間の御主人に言われたど。したらこんど、
「ああ、悪がった、おごり長じ掛ってであったと気ぃついたわけだ、ありがたく戴いて帰る」
 て、そしてその人は、袋立派な服装の上さ、かつねて帰ったど。
 そして一生、その袋を教訓として、身代なくさないで、ますます旦那さまになってあったけど。むかしとーびん。
〈話者 川崎みさを〉
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