9 法印と狐

 むかしむかし、金山峠というところに、法印さまがおって、そこの法印さまがずうっと寒行に来たり、お詣り来たり何かえしていたんだけど。
 ほしてある日、秋さかの当りのええ日に、狐二匹が陽なたぼっこ眠(ね)っだんだけど。「何だ」。そいつ見て、法印さま、たまげらがして呉(け)っべと思って、ホラの貝ば狐この耳元さもって行って、「ボホーン」と吹いたんだど。ほしたれば、狐こぶったまげて、二匹は走って行って、川ん中さジャボジャボ、ジャボと入ってしまったんだど。
 そして法印さま「あははは…」て笑って、
「おお、狐こ川さ入った」
 なて、ほこらで稼いでいた人も見っだんだど。そして法印さま、ずうっと用達して、帰って来たんだどはぁ。ほしたれば何(なん)だかまだ明るいはずなのに、今だらば三時頃であったか、ほのころ、何だかとっぷり陽が暮れて、何だかどこかで葬式の音聞えるんだど。ザランポエン、ピンなて…。
「おかしいな、葬式なて、どこの葬式だべ」
 なて見たげんど見えねがら、よし、木さ登ったんだど。ほうしたれば、その葬式はいそいで来たけぁ、法印さま登った木の下さ棺置いて、さっさっさっさっど行ってしまったんだどはぁ。ほうしたればその棺箱、ガサモサ、ガサモサていたけぁ、蓋、ひょいと開いだけぁ、中から幽霊出はって来たけぁ、
「あららら、恐かない、恐かない。幽霊出はってきた、こりゃ」
 て、法印さま思っているうち、こんど、幽霊、木さ登って来たんだど。
「法印待てろ、法印待てろ」
 法印さま恐っかないから、上の方さピタピタ、ピタピタて登って行った。また幽霊もピタピタ、ピタピタて登って来て、
「法印待てろ」
 法印さま、恐かないから、またピタピタ、ピタピタて上さ登って行った。
「法印待てろ」
 幽霊がピタピタ登ってくる。しんぽえまで行ってしまったんだど。何とも仕様なくて、そっから法印さま、飛び落っだんだけど。ほしたれば、ジャボンて川さ落ちだんだけど。したればその狐こに騙さっでいだんだけど。法印さま。そして葬式も何もない、暗いんだと思ったれば、まだ明るい陽の中、顔色かえて、法印さま、木さぴたぴたと登って行って、川さジャポンと入ったんだけど。したれば百姓だ、
「いやいや、昼の前、狐こ入ったと思ったれば、こんどは法印さま川さ入った。むやみに川さ入る日だな」
 なて話しったんだど。んだから狐ばあんまり魂消らせたりさんねえて、先の人は言うたんだけど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
>>佐藤家の昔話 目次へ