26 姥皮

 むかしとんとんあったずま。
 そして小さな百姓村があったずま。ある年、来る日も来る日も夕日が赤く、雨がほとんど降らず、田に植えた苗も片方から枯れはじめだんだどはぁ。そこでどこの家でも絹糸のような細い水を集め、あるいは時間で水をかけ合い、通し水などをしたが、いよいよいけなくなって来たんだどはぁ。なんぼ晩もなんぼ晩も続いた夜水ひきで、みな疲れ切っていたんだけどはぁ。
 ある夜、水が一滴も流んねぐなてしまったんだけどはぁ。苗は黄色くなって、枯死寸前となって枯れるばっかりになったわけだ。その時一人の若侍が現わっで、
「これこれ百姓、水が欲しいか」「…」
「実はな、おれはこの辺一帯を支配する大蛇だ。お前には三人の娘がいるはず、おれに一人呉(け)てければ、今すぐ水を掛けてやるが、駄目なら、このような状態が永く続くだろう」
 百姓は考えた。
「一人が犠牲になっても村及び家族全員が助かること、餓死するより救わなければ」
 と考えて、何とも致し方ないので、
「一人あげんべはぁ」
 と約束したんだど。ほしたれば見ているうちに堰を切ったようにという言葉通り、どうと音を立てて田全部に掛かり渡ったど。
「ああ、ええがった」
 と、百姓が田をうるおした喜びに、しばし浸っていたが、すぐ後の不安にかられ、しょぼしょぼ家さ帰って来たんだど。家では一同心配して待っでだんだど。
「いや、今夜、水はこういうわけで掛けるには掛けだんだが」
 と、昨夜(ゆんべな)のこと、大蛇の約束を話したんだど。ほして家族相談が始まったんだど。
「では姉ちゃん、行って呉っか」
 て、姉ちゃんさ聞いたれば、一番上の姉ちゃが、
「嫌(や)んだ、おら蛇のおかたなの行ぐの嫌(や)んだ。おれぁこの家の大将で後継(あととり)娘だも」
 て言うたんだど。
「んでは、二番目の姉ちゃは」
「おらも嫌んだ、姉ちゃの嫌(や)んだどこさなの、おら嫌んだ、嫌んだ」
「んじゃ、末娘、お前が行って呉ねが」
「みんな駄目だって言うど、家中、村中死なんなねごんだら仕方ないから、おれ行くべすはぁ」
「ほんじゃ、お前行って呉っか」
 て言うことで、蛇の嫁さんが決ったんだど。いよいよ明日嫁(ゆ)くべと決った夜、枕神さまが立って、観音さまが現われ、
「嫁に行くときは千本の針、千個のひょうたんを持参するがよい、必ず蛇は人間を沼さ引き入れっどき、渦をつくり、そこへ巻き込むから、そのとき千個のひょうたんを投げ入れ、わたしの家の家宝により、それを全部沈めて呉れないとき、身をまかせることはできないということを言って、その時千本の針をパッと投げ入れなさい」
 とおつげがあったんだど。
 約束通り月の明るい晩、家族に付添わっで蛇の住いする沼さ行ったずま。そうしたれば、生臭い風がサバサバサバと吹いてきて、蛇がやって来て渦をつくり始めたんだど。観音さまに教えられた通り、まず千個のひょうたんを投げ入れたわけだ。したら一生懸命に十個ぐらい沈めると、他の奴は浮き上がり、また別の方を沈めるとまた浮き上がりした。のびのび苦労しているうちに、その時教えられたとおり、まず十個ぐらい沈めると他の奴は浮き上がりして仲々苦労しているうちに、そのとき教えられたとおり、千本の針をさっと投げだんだど。そしたら全部こけらの間さ刺さっでしまって、うなり声上げて苦しんだんだど。その時とばかりに、どんどん、どんどん逃げて来たんだど。うなり声聞えんべし、あわてていたもんだから、どこどう歩いて来たか、さっぱり分んねんだどはぁ。ふと気がついて見たら、お月さまもすっかりかくれて、暗くなっていたんだけどはぁ。
 その時、はるかずっと向うの方に、にぶい光が見えたんだけど。ほこさ行って、〈今晩は〉て戸を叩いてみたら、中から七十才を越したばんちゃんが出て来て、
「あぁ、こんな夜更けに、若い女一人で…」
 て言(や)っだんだど。して娘は一部始終話したところ、ばんちゃんが大きな声で、
「あぁ、そうかそうか、実は私はこの辺に住むガマ蛙だ。あの大蛇に何十年といじめ続けらっで、追い込まっで来た。ほして、細々暮して来たおれだ。あなたが退治してくれたのか、さぁさ泊らっしゃい、泊らっしゃい」
 そしてあくる日、ガマのおばぁさんが娘さんに、かくれ蓑ならぬ、かくれ衣をお礼に、蛇を退治してくれたお礼に呉れたんだど。そしておばぁさんの言うことには、
「この着物をかぶれば、私ぐらいの年に見える不思議な衣です」
 と言って、例の着物を手渡したんだど。
「この下に、山の中の山賊が居て、若い女や旅人をみな身ぐるみ盗(と)るし、言うこと聞かねど殺してしまうし、性(たち)のわるい者がいたもんだから、気をつけて行けるようにして、この衣を着(つ)けっど、七八十才のばんちゃに見えっから、そこを通り抜けて行くとええ、里さ出はっど、そこにはすばらしい親切なお金と物もちの庄屋さまが居っから、そこを尋ねなさい」
 て、いろいろ教えてくれだんだど。
 て、山を降ったら、山の中から大いそぎで駆けよった山賊がいたんだど。ほして、顔を見て、
「なんだ、ばんちゃでないか、不思議なこともあるもんだ。裏の百合の木が立って、若い女が通っど、パァッと花が開くんだ」
 ど。娘が用心のために衣を着て行ったとき、まざまざのばんちゃに見えたわけだ。
「今の今まで間違ったこと一ぺんないのに、何んで間違ったんだろう」
 などと言いながら、
「ばさまでは仕様ないなぁ」
 て言うて、山の中ささっと入って行ってしまったんだど。
 いよいよ里さ出たんだど。出てみたればすばらしい家があるんだけど。そこで、
「御飯炊きでも使っていただきたいんだげんど」
 て頼んでみたんだど。したら親切な旦那さんなので、ばんちゃんの頼みを二つ返事で聞いでけだんだど。ほして毎日せっせと働くもんだから、家族の人にも同僚の人にもみんな気に入らっで、ばんちゃん、ばんちゃんて言わっでいたんだけど。ところがそのばんちゃんがいつも身だしなみを忘せねがったんだど。夜寝る前必ず化粧して寝るんだっけど。
 ある晩、毎晩夜遅く必ずばんちゃんの部屋さ灯りが点くので、そこの若旦那さまがそおっと覗ってみたんだど。その美しいこと、目鼻のくばり、口もと、何というか鼻目秀麗、たとえようのない美人で、天人の再来のようであったんだど。次の日、朝御飯のとき、よくよく見っどまた元のばんちゃんで、ヨボヨボのシワくちゃばばぁなんだど。
「うわあ、何だか分らねぐなってしまった」
 そして降るような縁談も気が進まず、いつの間にか恋の病になってしまったんだけどはぁ。食もすすまず、日々、毎日痩せて衰弱がひどくなって来たんだどはぁ。ほこで占いに易を立ててもらったら、
「二十人の女衆の、今、お手伝いさんの一人と結婚させるど治るであろう」
 という卦が出たんだど。その方法として、
「一人一人に御飯を食べさせてもらい若旦那が食べた人と一緒にすることである」
 て言うことなんだど。次の日は何仕事も休んで、若旦那のお部屋に食事を運び女中さんたちが、これから新妻になる人が決まるので、おさきちゃんだべか、お玉ちゃんだべがなて、いろいろ噂しながら、でも誰が持って行っても食べようとしないんだけど。箸もとらず、うつろな目をしているんだけど。そして最後に残ったのは、ばんちゃん一人になったんだけど。みんなが、
「あのばんちゃんの食うべか」
 て思っていたんだけど。大旦那さまもおかみさんも、
「仕方がない、ばんちゃん食べさせて呉ろ、死ぬにはましたっだな」
 て、若旦那のところへつれて行ったんだど。したれば待ちかねたように、いきなりひったぐるようにして、夢中になって食い始めたんだど。そん時、あまりいきおいよく茶碗を取られたので、衣が脱げて素顔がのぞけだんだど。
「ああ、お前だ」
 と、若旦那が叫んだんだど。大旦那もおかみさんも、そのきれいな匂うような娘の姿にしばし呆然として半刻ほど言葉も出ないくらいだったど。そして一部始終を聞いて、
「そんな親孝行娘さんなら、家では絶対にお嫁さんに欲しい。家のお嫁さんにしても決して恥かしくない」
 と言って、めでたくその若奥様におさまったということです。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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