1 白狐さまの白狐

 まいど、越後に高田というどこあって、そこの殿さまの家来に、親たちは死んで、若い侍が夫婦暮ししったけと。そこさ女中も、おかたと大した違いもないようなのがいたったと。そしたればおかたは何だかかんだか、からやかましくて、朝げ起っと、箒使いがわるいごんだの、ハタキ掛けが豪気(ごうぎ)だのと、朝げ起っどそこらの窓などギイギイと掃くなざあ、本当に馬鹿ずうもんだ、お飯(まま)固(こわ)いの、お汁しょっぱいの、お湯は熱すぎるの、ぬるすぎるの、と何さもかにさも小癪語るがったと。
 そうすっど同じような年齢で、俺はなんぼ下女であるったても、こんな馬鹿くさい話はない。いつかこの女(へな)、仇とってくれんべと、まずその隙ばりねらっていたと。「なじょかしてこの仇とられる隙ないもんだべか」と。
 そしたれば、正月の四日の日、自分の妹さ、正月礼行かんなねがったと。そして用事もあったもんだから、泊りになるのだったと。そんとき、下女は考えたと。
「いや、こんときだな、仇とってくれんな」
 そして、なじょして仇とってくれたもんだかと考えたのは、こうだったと。
 その頃お白狐さまという鎮守さまがあって、そこに白狐が一匹いたっけと。そいつぁ時々そこらさ化けて出はったり、家さ荒したりして、そっちさ入ったの、こっちさ入ったのと、うんと大評判になっていたったと。
「ようし、白狐を何とかして、仇とってくれんべ」
 旦那の侍も眠ってしまったし、女中も眠っとき、襖むくれるばりにたてて、寝てしまったと。そして、下女は夜中頃、
「お白狐さまの白狐が入った」
 と、大音たてて、襖ふごぐってやって、バタンとむくす。障子などもむくして、〈助けて助けて〉と、すばらしい金切声をあげだったと。そうすっど、侍も眠っだの起きて、お白狐さまの白狐が化けて入って来たんだ、ほれ、下女の部屋さ、困ったもんだ、どて、ぐいら起きて真裸で褌しかしない恰好で刀ばり持(たが)って、下女の部屋さ行ったと。そしたれば、下女は、
「おっかない、いやおっかない、おっかない」
 なんて、半気狂(しんけ)みたいにして、その侍さ腰巻ばりの恰好で、すがりついたり、腰を抱いたりして、おっかない恰好しったと。そうしていたところぁ段々してみっど、侍だって、白狐見たわけでない。
「何もいないでか、心落付けて…」
「ほだたて、おっかない、おっかない」
 と抱きついて仕様ない。そしたば、若侍なもんだから、何だか自分もふらふらになってしまったと。そして旦那さまも気持わるくなったが、下女の部屋で、
「おっかなくないから寝ろ」
 と、二人してねむってしまったと。そうすっど一晩うち、若旦那どこ自分の部屋さ泊ってもらったんだし、朝になって御飯食って、また城下勤めさんなねからと、行ってしまったと。
「いやいや、今度はうまく仇とってくれた。仇とったげんど、こんなとこに長くいるもんでない」
 と、その晩考えて、なじょしたらええか、とてわらわら奥様どさ書置きして、
「江戸の仇は長崎だ。月の十五日は闇がある。ねらう者には隙はない。ねらわれる者には隙がある。夏の木陰は涼しいとても、蟻のさすねに昼寝はできぬ。馬鹿女」
 と書いて、名前も書いておいて、次の朝出はって、山のかげさ逃げて行ったと。
 次の日、奥様かえって来て、下女の書置き見たと。
「なるほど、んだげんど、おかしげだな。がってもないごんだ」
 と。そしてその下女は山のかげで一生姿見せねがったと。んだから、あんまり似たものをなぶったりするもんでないもんだと。どーびんと。

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