3 黒田節 ― 祭文語りの話 ―

 まいど、九州というところに黒田藩というのがあって、そこの殿様は福島藩の殿様と、うんと仲がよかったと。正月だ盆だ、また折り節だという時には行ったり来たりしたもんだと。そんである年の正月、お正月礼に行かんなねがったと。そんで福島藩でも酒は御馳走する家だったと。黒田藩の殿様は、
「今日は、俺行かんねがら、誰か俺の代りに行ってもらわんなね」
 その侍は、元は相当な酒呑みで、あわいには乱暴もしたし、粗忽もしたもんだから、黒田様に、
「お前は少し酒をつつしんでよかろう」
 と言わっでだったと。その侍は太平という名だったと。
「俺は少しつつしむなんて言うことは、余の事とちがって、酒は呑めば呑むほどつつしみは出なくなる。ほんじゃれば、いっそ止めてしまうべ」
 と、一(ひと)ぽったりも呑まねがったと。そんでその侍を黒田様の代りに行かせてええと、太平は行ったと。そして福島藩でも立派なお賄いして、丁度一升も入るような大盃さ、なみなみ汲いで、「これを呑め」と言うと、「呑まんね」と言うたと。「いや呑め」「いやいや駄目だ」と言い合ってると、大勢の家来が来て、
「なえだ、そげな侍たる者は盃一つ呑まんねなて言うごんだらば、黒田藩の大恥だ」
 と、こう言うた。
『いやいや、こげな。俺は実は呑まんねわけでない。呑まないと言ってたから呑まないでいたげんども、喉から手ぁ出るほど呑みたいなだ。ようし来たれ』と、
「酒は呑まねなだげんど、この長押に掛ってた槍をくれっこんだら、俺は呑むごで…」
 と、こう言うた。そうすっど殿様は、
「いやいや、あんだこの盃さ一つ呑むごんだら、呉(け)んどこでない、我慢して呑んでみろ」
 ようし来たれ、こげなものと思って、両手で持って、一升も入る盃で、どくどくどくと、息もつかずペロッと呑んでしまったと。そして今度槍もらえっかと思っていたら、福島藩でも、この槍は太閤様に、いくさの手柄でごほうび貰った日本一の槍だ。宝物にしてこうして掛けておくの、こいつ呉(け)てやんなねごんだら困ったもんだとて、何かして、たんと呑ませて誤魔化してやっかとて、福島藩の殿様は、
「お前の呑みぶりは中々の見事だ。もう一ぺん呑みぶり見たいから、もう一つ」
 と、突(つ)出さっだと。丁度二升だわけだ。二升目の酒もどくどくどくと呑んだから太平もかなり廻って来たと。
「ほんじゃれば、武士たる者に二言はあんめえから、俺はこの槍もらって行かんなね」
 と言うと、福島候も、
「ほんじゃれば、俺の言うたこともあっから…」
 と、呉れてよこした。そして太平は帰りがけ、ほろ酔い機嫌で槍かついで来たと。黒田藩の方では、太平は好きな野郎だから、酒をやめてはいたげんども、もし万一間違いでもあっどと、玄関口さ若侍が大勢で出迎えしったと。そしたら向うから槍かついで黒田節唄って来たと。
  酒は呑め呑め 呑むならば
「その槍どういう訳だ」
 と、言うたらば、太平はありだけ語って教えたと。
「ほんじゃれば、お前は本当の武士だ。ほれだれば、なんぼ呑んでもええ」
 と、うんと誉めらったと。そんとき唄い始めたのが黒田節だと。まいどは黒田武士と言ってたもんだと。どーびんと。

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