27 幽霊の願い

 その源左ヱ門様は、豪傑だったから、少しもよってから、ずうっとまた墓場さ行ったったと。とにかく幽霊が出ると、みんな言うげんども、幽霊なんざぁ、何かうらみある者とか、くやしいとか願いのある者だ。あたり前の人は死んで仏になるもんだから、俺は行ってそいつを助けなくてはなんね。また鉦叩いて南無阿弥陀仏と行ったと。そしたらば、白い衣裳着た婆さまがいたっけと。そいつも、
「源左ヱ門殿、源左ヱ門殿」
「なえだ」
 と言うたら、
「俺も死んで四十年・五十年にもなる。ほんでも俺は死ぬとき、最後の水ざぁみんな貰って死ぬのだ。自分ののぞみの水をもらって死んだというげんども、俺は水もなにもなく、唯押っつけらっでしまった。その水を呑ませらんねがったもんだから、今焦熱地獄に置がっで、咽が乾いて仕様ないごんだ。大抵入棺すっどきは、みんな湯灌して髪を剃ってもらうの、湯灌もさんねげれば、髪の剃ってもらわんねもんだから、いや髪は長くなって咽が乾いて、咽が乾いて…」
 と、いたったと。源左ヱ門は、
「そいうことなれば仕方ない」
 と、沢までどっどと降りて行って、鉦の裏前かっちゃえにして、そいつさ一杯水を汲んで持って来たったと。
「ほら、水もって来た」
 そしたらばうまそうに飲んで、
「段々俺も浮かばれんべ、いま一つ願いがある」
「何だ」
 と言うたらば、
「俺は髪を剃ってもらわねもんだから、この通り斬切り頭の長い髪していんなね。こいつをなじょかして剃って呉(け)ろ」
 と言うた。
「ほう。そいつぁええげんども、今日は剃刀は持って来ないから、んじゃ、明日の晩げ確かに来っから、そして剃って呉っから…」
 と、幽霊と別っで家さ来たと。そして城下さ勤めに行った時、その話をしたと。
「先(せん)度(ど)なはこういう事もあったし、今度はまたこういう事になった。晩げは確かに剃刀もって行って、あの幽霊の髪を剃って呉(け)んなねから、俺の後に来て見てったらええごで…」
 そして、みんなも、物好きばり追かけて行ったと。五六人。そしたらやっぱり髪ばりボサボサして、ふらっと出だっけと。源左ヱ門は、
「髪、今夜剃って呉(け)んぜ」と、こう言った。
「どうか剃って呉(け)ろ」
 と、髪を突出したと。源左ヱ門は脇の下さ、その幽霊の首かかえて、頭などきっちり抑えて剃って呉(け)たと。そのうちに夜が明けてしまったと。ところが見っだ人も、
「なえだ、源左ヱ門様、さっきだ人の頭など抑えて剃って呉(け)っだようだげんども、今見っど古い墓場の頭さ苔長く生えっだの、そいつ、むしったように見えるな」
 と言うたと。自分も見たところがそうだったと。どーびんと。

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