31 小野小町

 こいつは、小野小町というのは、世盛りには京都にいて、歌も上手だ、器量もええ、姿もええ。いや、お嫁さんにしたくて、ぐるりから随分望みを掛けらっだそうだ。そんでも、
「俺はまだまだええ男でないと、俺の夫にはしてらんね」
 とて、しないがったと。そんでもそんがえしている内に年寄ってしまったどはぁ。年寄って段々心細くなったもんだから、
「俺の生まったのは羽前の国だから」
 と、京都からずうっと日本海の方来たとき、丁度越後に鏡岩という、うんと大きい岩あっけど。そうすっど小野小町はそっちこっち廻って来て、あんまり手間かかって来たもんだから、銭もみな使ってないもんだし、そっちこっち奴(やっこ)して、貰い扶持して渡って来たったと。そしてその頃になったれば、どさ行っても焼飯一つ呉(け)っどこなかったと。沢庵漬一こっぱ呉(け)っどこもなくなったと。
「あんげな臭い婆様さ呉(け)てらんね」
 なんて。そん時考えだったと。小野小町も、
「ああ、俺も若い真盛りには、あの女のオシッコなど目薬にもなんべ、とか、バッコなどは万病の薬になんべとか…、それくら想わっだ女であったげんども、やっぱり年というのは年というもので、今は焼飯一つ呉れる人ないもんだ」
 と、哀れんで鏡岩どさ来て、手で撫でだらば、つまり鏡のように、つるつるとなったけど。そして自分の姿を映してみたらば、まるで幽霊のようだったと。それから俺も一生過ぎだんだなと悲観して、岩の前さ来て倒っで死んだけと。とーびんと。

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