34 おんどの鳴門

 まいど、平清盛という、うんと偉い人いだったと。若い頃、安芸守という殿様になったと。そんで自分の領分に、厳島弁天というのがある。こいつは日本でも有名な弁天様だから、一ぺんお詣りしたいもんだと、行ったけと。そしたところぁ、そこの大将が来たもんだから、みんな巫女が出て踊りをやってみせたりしたっけと。見てる内に、何処から来たもんだか、分んねげんども、いや透きとおるほど美しい女が、踊りも上手、歌も上手上手に踊ったけと。そうすっど清盛は、
「あがえええ女、俺の領地にいるもんだれば、俺のオカタに見てみたいもんだ」
 と思ったけと。そして神主さ話したっけと。
「なじょかして、俺のオカタになるように話せ」
 ほしたれば、神主はこう言うたと。
「あいつは踊り始まったというと、何処から、どがえして来るもんだか解んねし、踊りが終えたというと、何処さ隠れるもんだか、俺は解んねのだ。俺などはとにかく相談も何も解んね」
 と言うたと。そしたれば清盛は、
「俺に、オカタなどつれて行かれっど、この踊りがうまく踊らんねぐなっからだべ」
 と。
「ほんじゃ、女さ俺どこ会わせろ。俺ぁ一人で相談すっから…」
 と言うたと。無理無理相談したところぁ、その女はこう言うたと。
「俺は人間でもなければ女でもない。んだから、決して人のオカタになどならんねのだ」
 そんでも清盛は、あんまりええ女だから、何べんも言うもんだし、そん時こう言うたと。
「ここの先にはな。おんどの鳴門という所があって、そこには、お詣りに来る人は舟で来る。そこの波が荒いと、五人のったり十人のったりした舟が、すぐにひっくり返って、一年の内には何べんも死なんなね。そんでそこを巳の年の巳の月の巳の日、一日のお天道さまのある内に、あそこを立派に荒れないようにすっこんだれば、俺はお前のオカタになり申す」
 と言わったと。そうすっど清盛はうれしがってはぁ、今度は安芸の国の十六から六十までの人、皆集めて、作り方して、陽のある内にと言わっだの、お天道さまが一・二間あっどきに、まだ出来ねので、清盛は日返しの扇というのを持って、
「お天道さま帰れ、帰れ」
 と三度言うたと。一ぺん言う度に一間ずつ逆もどりしたったと。そして三間も逆もどりさせて、なんでもかんでも、そこをええ塩梅に仕遂げたと。
 そうすっど清盛は嬉しがって、
「あの女は俺のオカタになるんだ」
 と思って、わらわら弁天様に行ったと。そして鳥居あたりまで行ったば、波の上を、その女がすっすと来たっけと。美しい女になって…。清盛は袖さ上がって待っていたら、その女も上がって来たけと。そうすっど、清盛が女の手を引張ってみたと。そしたらガタガタと、松の木の皮みたいな肌だったと。目開いてみたら、すばらしく大きい蛇で、何年経ったか分んね、松の木の皮のコケラの蛇だったと。清盛は魂消てしまって、
「弁天さまのお使いざぁ、こいつのことだ」
 と思って、あきらめてそこからもどって来たと。
どーびんと。

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