38 了海和尚

「了海和尚なんて、あんたも知ってたべぁ…」
青の洞門にいた人だごで…。
 もとは、一九郎と名付った人で、体も豪傑な人であったと。そして、何稼ぐなんて言うことも嫌(やん)だくて、様々な追剥などばりしったと。そしている内に、今度は自分がええ女見っかって、女と仲ええくなったんだと。そしてその女の後(ご)夫(で)に見っけらっだんだと。そうすっど、とがめらっじゃもんだから、その後夫(ごで)どこぶった切ってしまったと。
 それからその女も、
「俺も人並みなええ衣裳着てみたいもんだな」
 と、のんべん語り語りしったと。んだから、どこか追剥ぎ行ってええ着物さずかりたいもんだと思って、山の中さ行ったと。そしたれば、ええ女はええ装束して来たもんだから、これだればええなと思って、その女どこ殺して、衣裳ぺろっと追剥して来たったと。
 家さ来て、オカタさ突(つ)出したれば、
「これは立派な着物だ、しかしこがえにええ衣裳だとすっど、確かに身につけてたものはええがんべ。下着から整えて着るごんだればすばらしいもんだ。あんだ、これから行って、死んだ人から下着も皆盗って来てけろ」
 と言うたと。そうすっど一九郎は考えたと。
「女の慾なんざぁ、切りがないもんだ。それほどまでして、生きった人殺して、盗って来た俺じだ。こりゃ。そいつさ、そげなことまで言うというのは馬鹿くさいもんだ」
 と思って、こんでは殺した女の罪の施しに、俺は和尚になって、これから暮さんなねと思って、和尚になったんだと。
 九州耶馬渓というとこあったんだと。そっちこっち廻って歩くうちに、あそこでは海の、よくよくのふちまで、岩がんけつなもんだし、そこを通んなねがったと。波など出て来っど、二十人も三十人も一ぺんに生命をさらわれっかったと。そしてこんではあんまり困ると思って、仏の供養にこの岩を、ここからぶん抜いてやれば、道も三分の一にもなるし、波にさらわれるなんて言うこともなくなると和尚は考えたと。
了海和尚と改めた一九郎は、そいつをやったんだと。やっている内に、何年も何年もして、
「俺の親父を殺した奴は、青の洞門どこで掘り方しったと聞いた」
 そして、わざわざ来て聞いたところが、確かにそうだ。了海和尚は、
「そんで、今仇とって呉(け)るなんざぁ、俺はええどこでないげんども、唯、人助けのためにこういうことしたのだから、これをぶん抜いたらば、すぐに俺どこ殺して呉(け)てええから、それまで俺の生命を助けて呉(け)ろ」
 と願ったったと。そしたらば、その息子も、
「親の仇ではあっけんども、そう言わってみっど早くぶん抜くように…」
 と、自分も一生懸命で稼ぎ人(と)仲間みたいにして、ぶん抜いたと。そしてぶん抜けたとき、みんな祝いことで酒呑んだとき、了海和尚と、その仇討ちの息子は水盃を交して、、二人は泣き泣きその場を離ったと。どーびんと。
んだから、人というのは一ぺんばり間違ったって、後でええ事すっど、決して、人は、へっこなさねもんだけと。


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