39 福の神

 まいど、村さ年寄なお行様で、ボロボロ衣着て、錫杖ついだお行様来たったと。そんで晩方になって、ミゾレ雪の降る日なもんだから、一番の村の旦那衆さ、
「俺どこ、今夜一晩泊めて呉(け)ねが」
 と、願ったと。そしたらば、旦那出はって来てあんまり奴(やっこ)のような坊主なもんだから、
「おら家で、そんげな汚ない者、寄せらんね」
 と、泊めて呉(け)ねがったと。それから今度二番目の旦那衆みたいな家さ行って願ったと。それも、
「こげな汚ない者、シラミなど置いて行かれっど、困っから、おら家では泊めらんね」
 と言わっだと。そして三番目でも四番目でも泊めて呉(け)ねんだし、一番村はずれの貧乏者の、掘立小屋みたいな家さ行ったと。
「今日は、こういう訳で、俺は泊っどこもないし、なじょかして泊めて呉(け)ねが」
 と言うたと。そしたれば年寄ばさま出て、
「いやいや、ええどこでない。今日の天気では何ぼかお行様寒いがったべ。早く寄ってあたって呉ろ」
 と、そこらの木など集めて焚いて当らせたと。そして、
「おら家でも食うもの無くてよ。んだもんだから丁度、粟オカユ炊いっだどこだ。お行さまも上がっておくやい」
 と、お行様さ早く出したと。そして、お行様も何を食うもんだかと居たったと。そしたらば、二人はこそこそと、あとのかえり(結局)、
「今夜二人で間に合せんぞと思ったげんど、お行さまさ上げ申しては、だから、俺だクキナ湯でもして呑んで寝んべはぁ」
 と、二人は寝てしまったと。そしてお行様が見っど、毎日の自分たちの蒲団のようなもの、俺に着せてくれたと思ってお行様も寝ったと。そうすっど、覗(のぞ)って見たところぁ、じんつぁとばんさはボロ蓆の下さ藁屑おいて、そいつさつこぐって(もぐり込んで)寝っだけと。そしてそのじんつぁとばんさ、夜中ごろ語るとこ、お行様聞いっだと。
「おらだもな、人並に米・味噌・薪など持っていっこんだらば、温か温かとして、美味い御飯でも御馳走されんべげんども、そいつぁ無いんだし、ほんに年寄って稼がんねんだし、貧乏ぐらいつらいものぁ、ないもんだな、じんつぁ」
「ほだな、考えてみっど、米・味噌・薪と言うんだ。そいつさ金なんても、さっぱりないんだし、あればなじょかして出っじだげんども、そいつもないんだし、家だってこげなマッタテ小屋だし、ああいうお行さまなど御座った時には、立派な家で立派なもの食(か)せて泊めたいもんだな」
 と、二人、そうして寝っだけと。お行様はそいつをよく聞いてて、大概起きて、
「俺も今日は、丁度この山の陰さ行かんなねのだから、あんだだに、三つの願いがあるようだった。昨夜の話聞いっだ。家も立派なの欲しい、味噌・薪も欲しい。金も欲しいということも聞いっだ。そしてお前だ、ああして俺どこ泊めて呉(け)たことに対して、お礼だ」
 と、自分の持ってる錫杖を振って、ボンデンをヒラヒラさせたと。そうしたところぁ、御殿のような家、出はったと。
「まずこの家さ入るように」
 と言うたと。それから味噌・米・薪といった。味噌はゾローッと出た。米は崩れるほどいっぱい積んだの、薪は家のぐるりさ、割れ木、まるで堤防でも築いたほど積んでくれたと。
「こいつで冬越した方がええ、銭はこいつを使った方がええ」
 と、一箱、大判小判どっさり呉れて、お行様はどさか、スウッと行ってしまったと。
 そうしたところぁ、村一番の旦那衆が来て、
「今日わ。こっちの家は、昨日(きんな)あの通りだけぁ、今日は寸法ないええくなったもんだな。どういう訳だ」
 と言うもんだから、ペロッと語って教えたと。
「そがえな願いかなわせるお行さまだったら、俺泊めたかった。俺はあんだより何倍もよくして泊められっかった。ほんじゃ、今日にも尋ねて、もどっても、おら家さ泊まってもらわんなね」
 と、親父は家さ来たったと。その家では、馬、七匹も飼っている。その家では早馬という、のって歩くと、すばらしく早い馬がいる。そのお行様をそっち探ねこっち探ねして行ったらば、山の峯越えっどこで追(お)っかついたと。そして、
「お行さま、お行さま、今夜ここからもどって、おら家さ行って泊ってもらいたい」
「いやいや、そうは行かない。世の中じゅう廻って、こうして歩くのだもの、もどってなんては、とても行かんねし、こがな坂道、ここまで登ったの、年寄の体で行ったり来たりさんねえ」
 なんぼ言うても、もどって呉ねがったと。そしたれば、その欲たかり親父は、
「ほんじゃれば、泊って呉(け)ねったってええから、三つの願いだけかなわせて呉(け)ろ」
 と言うたと。
「そいつなどは、ええどこでない。三つの願いかなわせてやる」
 そして、親父は欲たかりなもんだから、馬さのって三つの願いかなったことを、早く家さ行って教えんなねと、大急ぎで馬さのって来たと。馬は野越え山越え、来るときも走らせたから、くたびっでしまって、やっとすっと歩いて来たと。旦那は、尻を引っぱだき引っぱだき、
「こずけな、腐れ馬、死んでもええんだから、くたばってしまえばええ」
 と言うたら、パタッーと馬は倒っで死んでしまったと。
「さあさあ、困ったもんだな。この早馬は死んでしまったんだし、こげなミゾレ雪降っどき、家まで歩いて行かんなねもんだ」
 なんて、ぐだらぐたら歩いて来たと。そして途中、
「おら家のダダ(妻)オボコ産すだなんて、温か温かとして寝っだべぁ、ほんに腐れダダ。くたばってしまえばええ」
 なんて、また言ってしまったと。そして家さ来てみたれば、ダダ死んだなんていうもんで、みんな荼毘(だみ)さわぎしったけと。そんとき自分は考えたと。
「いや、俺も今迄は欲たかりなどばりした。ほんで、泊ってなどもらいたくなかったげんども、三つの願いだけかなえて貰いたくて、無理にお行さまさ言ったれば、『お前の言う通りかなわせてくれる』と言わっだけぁ、馬もくたばったし、ダダもくたばったんだべし、こんで願いの二つは、かなったじだ。いま一つだじだ。いや今度は悪いことは決してさんね。うんとええことして、あとの一つの願いばり立派なものかなわせて貰うようにさんなね」
 と、それから欲ばりというものは決して止めてはぁ、貧乏者助けるようになったけと。どーびんと。

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