40 死神

 まいどお江戸の吉原には、高尾というオシャメいだったと。そのオシャメは流行って仕様ないがったと。そのオシャメは考えたと。
「こがえ流行っていだって、誰のオカタになるなんていうもんでもないし、なえだか世の中嫌(やん)だくなって、死にたくなった」
 と、死にたくて死にたくて仕様ないがったと。
 そんでそういう流行(はや)るオシャメなもんだから、うんと買付けの客がいっぱい居だったと。一人など三年も四年も毎晩のように買ってだ男がいだったと。その男さ言うたと。
「俺もこがえして、商売しているなんつぁ、つまんねもんだ。世間から見っどええごんだと言うげんども、俺は何の宛もなくてこがえしている。よくよく死にたくなった。お前も三年も俺どこええくて好きだもの、俺と一緒に死んでくれねが…」
 と、こう言うたと。その男も迷ってええくっていたのだし、嫌んだなても言わんねんだし、「ほだか」なんて言って、その晩死ぬことにして、オシャメ屋を出たと。女は、
「ここら辺でええんねが…」
 と、竹林あっどこで言うたと。
「いやいやどっちゃして死ぬこんだら、もっと原っぱの綺麗などこさ行ったらええがんべ」
 と、二人は行ったと。と、そのオシャメは早く死にたいのだから、
「今夜、ここらで死んだら、ええんねが」
「ほだな」と言うげんども、その男は死にたくないがったと。
「どうせお前と、こりゃ、一時二時で死ぬのなんだし、今、死際に好きな煙草喫(の)んで死んでええがんべ」
 と言うたと。
「そいつなど、ええごで…」
 そして煙草点けて喫んでいだって。そしたれば、道なもんだから、向うの方から大勢の人来たと。そして「なえだ、こげなとこで誰か煙草喫んでる」と、やいやい言わっだと。そうすっど二人、
「いやいや、人は来ては、こげなことしてらんね」
 と、そこを引いてしまったと。そして男は家さ来てしまったし、オシャメも吉原さ行ってしまったと。そして行ったところぁ、遅い客が来て、そいつはまだオシャメ買いに二度ばかりしか来たことがないがったと。そんで死にたいもんで、
「こういう訳で行ったげんども、こげな塩梅で駄目だった。あんだ、俺と死んで呉(け)ねが…」
 と言うど、その男は「んだか」と言うもんで、二人はわらわら行って首吊って死んでしまったと。んだから、死神なんというのは、憑いてる人さ憑いてるもんだし、憑かない人には決して憑かねもんだけと。どーびんと。

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