118 文禄長者

 屋代の山崎に文禄長者という富豪がおった。時は文禄年間なのでこの名があった。たくさんの土地をもち、たくさんの召使いがいた。土蔵も幾棟かあった。その土蔵には穀類が充ち、金蔵には金がいっぱい、人呼んで文禄長者といった。長者は何不自由なく暮し、その上親孝行でもあった。
 あるときのこと、一人の老婆が言うには、かねて生前一度だけ一目でよいから松島を見たいというので、当時のこと女ですら松島などに行けぬのに、老人の身として思いもよらぬことであった。しかし親孝行の長者のこと、一目老いた母に見せたいと庭に松島をこしらえ、沢山の人夫を督して、池を作り、中に島を浮かばせ、松を配し、その島に稲荷を祀った。人呼んで「松島稲荷」という。星移り歳変わって長者屋敷も夢の跡となり、今は稲荷だけが残った。
(船橋)
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