57 狐に化かされる

 露藤五輪窪にいたずら狐がおった。人々の話によると、よほど年を経た狐で、毛は赤色になっていたといわれる。よって赤狐と命名した。この狐、人を化かしては持ちものをとり、髪の毛をむしりとるというのであった。こうして同所を通る人々を化してはいたずらをした。それで夕方になると、人通りすらなくなった。遠方に行く人々はここを通らず別の道を通るようになった。露藤に某という強い人がおった。この話を聞いて、よしおれは行っていたずらをこらしめてくれると、夜になるのを待っていた。某の行ったのを知ったのか知らないのか、道の傍に一匹の狐はおった。道の傍で転ぶと、たちまち子持ちの若い母となった。そして背に乳呑子を背おっていた。おのれ狐奴、うまく化けたなと、その後をついて行くと、その女は下新田の某と知り合いの家へとやって来た。
「おっかさん、ただいま帰りました」とその家の嫁に化けたのだった。この家の姑さんは「こんなにおそく帰らずとも、泊ってよかったのに」といって、背おった子どもをとりあげている。嫁はそのまま流し場へと行く。かねて知合いの間だからと、その家へ入って主人に言うと「こちらの嫁は嫁ではなくて狐だ」というが、そこの主人は、「それでは嫁を流し場から呼ぼう」といって嫁を呼んで縄でしばり上げると、嫁は泣きわめきあばれるので、火棚の上に吊して、青杉葉でいぶした。尾が出るたろうと一同かたずをのんで見守ったが、いくら待っても尾は出てこない。そして苦しんで嫁は死んでしまった。さすがの友だちもどうしようもなくなって、そこの主人につれられてお代官に行こうとして道を行くと、前の方から提灯のような火が近づくので、よく見たら牌寺の和尚さまであった。ただちにその話をすると和尚はそれを聞いて、「よく考えてみられよ、死せる命は今更如何ともなし難し、代官へ参らば殺さるること必定なり、余にまかせられよ、仏弟子としてその菩提を弔うべし」と。主人も考えてみればこの如くであったから、今更代官に行ったとて嫁女の帰るはずもなしとて、「では和尚さまにまかせる」というと、和尚は喜んで三人同道して彼の家へと至り、事は明日にいたらば面倒だから一刻も早く仏弟子になるべしとて、和尚さま手ずから剃刀を持って、しおれている某の後にまわって剃る、その痛いことたとえようもない。しかし死の助かるなれば、痛さこらえて和尚さまに剃ってもらう。丁度夕刻、城下帰りの露藤の某いましも五輪窪へと差しかかれば、一人の男がうつむいて、そのうしろに狐両足かけて髪の毛を抜く。人音に驚いて彼方のくさむらへとかくれてしまった。よく見たら兼ねて腕自慢の某髪の毛三分通りも抜かれて今更ながら夢の如く自失して帰ったのであった。
(露藤)
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