58 狐の仇

 露藤村に久蔵さんというものがおった。天王川の傍古川になったところに、牛沼というのがあった。そこへやって来たところ沼辺に釣しておった某、しきりに眠りをしている。おかしなことよ、と対岸をよく見れば、大きな一匹の狐がおって、その手足の動かし方によって、某は頭を下げる。あまりの不思議さに、試みにその手を上げてみたら、反対に狐の方で頭を下げた。あまりの面白さに急に上げ下げしたら、狐、牛沼の沼の中へと落ちてしまった。あわてふためいて沼から上がって身ぶるいして岸辺へ上がって、こなたを振りかえったら、萱の中にかくれてしまった。某、魚つりの某に注意して、折からの夕陽に近くなったので、家路についたところ、どうしたことやら前面一円のもやにとざされて、どこか部落やら定かにならば暫く行くと、前方に大きな流れがあらわれた。渡らんとしたら膝切りようやく渡りつくせば、またあらわれた山、登ったがいくら登っても頂上は遠い。一生けんめいになって登ったけれど、のぼりつくせない。手足はつかれてしまう。腹は空いてくる。某は考えた。こうして疲れてはどうしようもない、心を落付けて木の根に腰をかけ、煙草を吹かしていたところ、いつの間にか霧がはれて山なく川なく、牛沼の土手であった。夜は四更、星夜とて方角も分明し、おどろいて家へ帰った。狐のいたずらであったという。
(露藤)
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