59 狐報恩

 露藤村に角次というものがあった。水呑百姓であったが、心だては至ってやさしく、慈悲深い者であった。そして働きもので、朝から一生懸命に働いておった。ある日のこと、高畠へ買物に行った帰り、道ばたに一匹の狐、見るからにやせおとろえて毛並もわるいことから、何か助けを求めている様子であった。角次さんはやれやれ可哀そうに、産後と見えてのみじめな様子、さいわい妻と二人で食(く)おうと買って来た肴だが、と惜し気もなく狐にやった。狐の喜ぶこと限りない涙を流さんばかり、振りかえり振りかえり彼方へ去った。某は、ああよかったと喜んで、家に帰り妻と語り合っていた。人も畜生も同じこと、産後の狐、どのぐらい喜んだことであろうと話していた。
 二三日すぎのある夜のこと、一人の若い女は訪れた。つい見たことがない女であったが、「わたしは先頃のこと産後のこと飼(かて)を得ることはできず、死ぬより外なかったが、あなたさま通りかかり助けていただいて、おかげで助かりました。見られよ、あそこから参る祝儀の行列、その嫁御は某の大家、当家のお二人はお仲人という事で参りました。一刻も早く参らるべし」と某は夢見る心地して、衣裳など衣替えて嫁御をつれて某の冨家についた。三国一の花嫁というので、その盛大さ、その祝の立派なこと前代未聞であった。これはお仲人さまへ結納のしるしとて一包の金一封賄の立派なことつい見たこともないくらい、やがて二棹の長持二棹の箪笥、物持ちの家は豪勢なものであった。二人へはお召替とて衣布の親調とて一通り衣替えて晴れのお祝のお仲人、ただ夢の中、遠くもないその冨家へと着いた。その上お仲人様山海の珍味に酔うのであった。かくて祝いは盛りになり嫁御は寝所に入るや、窓を破って逃げてしまう。それと知るや某も一散に我が家へ帰った。早くも嫁女待っておったが、嫁女の言うよう今に必ず当家へ来るべし、余は風邪にて床にあり知らずといわれよと言って去った。案にたがわず、先方より二三人、ひどい目に会わされたりと言われた。
(露藤)
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