64 彦右ヱ門河童を見る

 今から凡そ七十年前のこと、露藤に我妻彦右ヱ門という者がおった。ある夏のこと、露藤名物の一とされたヤナを天王川にこしらえた。その日の夕方からむし暑い天気は雨となった。そしてポツリポツリと降り出した。雨が降ってくると、川の流れはにごって来ると思う間に川魚はヤナへ落ちて来る。とれるとれる、珍らしい大漁となった。雨は刻一刻と裂くように降る。増水のためにもしものことがあってはと、大漁の魚を手にして今しも帰途についた。暗夜とて鼻をつままれても分らぬ暗さ、道を急いで来ると今しもくさわらから顕われた三尺ぐらいの髪のざんぎりの小僧、言葉をかければ返事なく、歩く時刻もはや十一時、不思議なことに思って走り捕えんとすれば、その早きこと鳥の如く、止まれば止まり、追付くことはできない。性来剛気な彦右ヱ門さん、小石を手にして打ちつけんとしたら、傍の萱野にかくれてしまった。あまりにこの怪物にばかり気をとられてしまっていたので、手にした魚は半分ばかり落してしまった。河童ならんと人々はいいあったという。
(露藤)
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