72 女の怨霊

 露藤村の奥山清兵ヱさんは露藤での旧家だ。寛永年間に同家の隣家は入生田の清左ヱ門さんであったというから、その当時は寂莫たるものであったらしい。清兵ヱさんは露藤の旧家だ。其の清兵ヱさんも幾代目、天保時代同家の当代は博打が大好きで、百姓にありながら、百姓へ精も出さず、連日博打していたという。妻はひどく心配して再三意見したけれども馬耳東風で、さらに聞き入れようとしない。連日連夜博打をするために家運も危うくなった。妻は心配してどっと床についてしまった。こうなってはじめて清兵ヱさんは夢からさめて、それからというものはふっつりと博打をやめて妻の看護をするのであった。しかし全快することはなかった。清兵ヱさん、昼は妻の看護をしておったが、命も一日一夕に迫ったらしい。その最後になって豆腐を食べたいというので、昔の夜のこと、豆腐買いにと雷神社の前までやって来たところ、襟元から冷水をかけられる思いがした。そして上舘方面から凄しい勢いで西方へとんで来たものがある。怖ろしいけれども、そのものを見れば丁度烏賊のようなフワリとしたもの、それが清兵ヱさんの頭の上に来たときには、身体はすくむようであった。豆腐を買って急いで自宅へ帰って見れば、妻ははや息を引きとって死去して居ったのであった。初めて、先ほどの怖ろしい怪物は妻の幽鬼であったということが分って、身ぶるいしたといわれる。
(露藤)
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