73 奥の院沼の怪

 露藤村、白髭明神の元社は部落西方の萱野の中に鎮坐していて、昼もさびしいところである。その社の南の方に東西に細長い沼がある。元天王川の古川であったらしい。周囲は林で沼は底知らずと称せられ、人呼んで鎮守さまの奥の院の沼といわれ、沼の主は白蛇ともいわれている。某は大蛇を見たとも言われ、いずれにしても神秘な沼として知られている。またこんな話も残っている。北は堀になって、その堀には洞となって赤湯沼まで続いているとも伝えられている。
 文久年中の話だが、下和田村に鬼五郎という目明しがあった。鉄砲の名人で百発百中といわれた。その頃のこと、この奥の院の沼に水鳥を打っても水中深く沈んでいつも行方不明になるのであった。これが不思議の一つとされておった。これを聞いた鬼五郎は、「よし、おれはその不思議を解いてやる」と、ある日のこと、鉄砲片手に沼辺にやって来た。そして空銃を沼へ向けて一発打った。それとなく沼面を見ていると、今しも南岸からノソリと水面に顕われた怪物らしいものが、しきりに水鳥やあると見廻す様子。鬼五郎はここぞと玉をこめて彼の怪物をねらって一発。当ったらしく、時ならぬ波紋を巻いた風。半刻すぎると、沼辺に箕大の怪物が浮かんだ。見れば亀頭を打ちぬかれて浮かんだのであった。このことを伝えきいた人々は今更ながら鬼五郎の奇才に敬服したという。亀は幾百年すぎたものか、腹は赤く、箕ほどの大きさであったという。里人某譲り受けて見世物にして大当りしたと伝え、またこれが沼の主ではなかったかと噂し合った。
(露藤)
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