85 狐のいたずら

 八十年ばかり前、入生田に近野某という山稼ぎを業としている者があった。春は柴割木、夏は青物、秋は草と、一年の大半を山に親しんでいる者がおった。いつも山近くなると明るくなるのが、あまりに早かった故か、未だ夜は明けぬところ、行く先に自分より早く来ているものがあった。いそいで近付いて見れば、隣家の某、常日頃から出入の仲とて、一緒になったのを喜んだ隣家の某、今日におん身とただ二人、好都合なり、珍らしいものをお目にかくるべし、一寸目をつむられよと、不思議なことと思いながら目をつむれば、よし開かれよと言う。開けばこれは不思議、前方へ町があらわれて人の出入もあり、にぎやかな様子、しばし見とれておった。隣家の某、ついでになお珍らしいものお目にかくるべし、目をつぶられよという。また目をつぶり開いた時は兼ねて聞いたお江戸というやらん、町大厦・高楼軒を並べ天女とも思われる美女、天国の楽園もかくやと思うばかり、あまりの美しさにうっとりとして見ておったら、いつの間にやら消えて元の闇路となってしまった。今は町もなく山路隣家の男もおらぬ。初めて気がついたときは弁当は何ものにてか取られて、ないのだった。
(入生田)
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