87 およね狐

 七十年ばかり以前のこと、糠野目藤野に狐は沢山巣喰っていた。若い女に化けるので、人々は「およね狐」と命名して夜になると通る人さえ途絶えたという。入生田に某というものがおった。魚(いさば)買いに糠野目に行き、突然に親しい友に会って、料理屋に入って酒を呑み、思わず刻(とき)をすごした。夜おそく肴を背負って藤野へ差かかったところ、一人の若い女に出会った。よく見れば、糠野目の料理屋の女であった。不思議に思いながらよく見れば、まがうことなく料理屋の前、てっきりおよね狐ならんと少し油断もない、家へ入ると酒肴は運ばれた。酒を召上がれという。いや小便ならんと受けない、菓子を召上がれと言っても、馬糞ならんと受けない。その女は湯に入った。これさいわいと、畜生奴背中を洗って、洗ってすりむいてくれんと力の限り洗った。いくら洗っても痛いと言わぬ。
 入生田の某、朝草刈りに川原へ行ったら一人の男、一生懸命橋の袂の杭を洗っているのが目についた。こうして肴は全部食われて魅されているのであった。体は血まみれになっていたという。
(入生田)
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