88 鶯言葉

 むかしむかし、あるどこから楢下の宿さ嫁にきた。嫁に来っどき、
「楢下ざぁ、宿場で、言葉のええどこだから、言葉の上さ〈お〉をつけんなねぞ」
 て教えらっできた。で、あるとき、
「なして、こりゃ、ここ開けっだ障子()てだ」
 て()っだれば、そこの嫁さま、
「お風がお吹きになってきて、おかたんおかたんというもんだから、おとあしがおわれるなっかと思って、おたてだ」
 て、こういう風に言うたど。
「はぁ」
 ほだえしているうち、八百屋さんが来た。
「あっちから来たな、(だん)だやぁ」て聞いだれば、「おやおやさんだ」て言うたど。
「なんだ、おやおやさんなていう商売あっか」
 これもわからねがった。ほして、
「お前の方のどこそこの嫁、大変ええ娘だていう話聞いっだ。なんた娘だ」
 て()ったれば、「にこにこてええ娘だ」て言うどこだったげんど、〈お〉つけたもんだから、
「おにこ、おにこ」て言うてしまったど。んだからええ娘が、〈鬼子〉になってしまった。
 また秋田からお嫁に来た人なの、タバコ買いに行って、「秋田は〈コ〉つけっど笑われっど、言葉の尻さ〈コ〉つけんなな」て言わっだもんだから、店さ、
「タバ、()でけらっしゃい」て行ったらば、何の〈束〉だかわかんねくて、用向きわからねがった。んだから、付けっどこさは付けで、付けねどこさは付けらんねもんだて、(せん)にの人は言うたそうだ。どんぴんからりん、すっからりん。
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