32 弘法水

 まいど、菖蒲村には村中で丁度二十八軒あったと。そんでどこの家でも井戸掘って、きれいな水出っかったと。ほんである時、弘法大師がずっとこっち廻って来て、夏の暑かい時なもんだから、水飲みたくて水飲みたくて、菖蒲の入口に来たら、水貰って飲むべと思って、お経読んで、
「どうか、水お願いだ」
 と見たところぁ、ぼっこれ笠かぶってボロ着物着て、切れワラジなど履いてた和尚なので、汚ないようで、
「おらえには水ないごんだ」
 ないものは仕方ないと思って、その後の家さ行ってみた。そしてお経よんで水をお願いしたところぁ、
「ちいと米などは貰ったげんども、水…」
 あの和尚に、おらえの茶碗とかお汁椀とか、口つけられっこんだら、汚なくてわかんねと思ったもんだから、
「おらえにも水は無いごんだ」
 と、ことわらっだと。今度その次さ行ってもそう言わっだ。二十八軒ぺろっと廻ったげんども、どこでも水一杯くれる人なかったと。そんで仕様ないから、二十八軒ありだけ廻ってしまったんだし、道の脇さ、木もあっから尻(けつ)かけて、それから錫杖で、その下突ついたと。そうしたところぁ、ピューッピューッと水が出てきて、歩き立てならないぐらい水が出たと。
 そんで菖蒲では次の日から、さっぱり水ぁ出なくなったと。そして、
「あの和尚が何和尚だかだげんど、水呉(け)ろと言うのさ、水呉(け)ねで罰当ったんだ」
 と言うったと。
 ほんで道下の薮からの下さ、すばらしいええ井戸出った。そこさみんな汲みに来たと。そして様ざまな話出きて、
「あの和尚さまはあんな身なりしていっけんども弘法大師だったんだ」
「ほんじゃ、おらだ悪かった。この水唯飲んでは罰当るべ」
 そんで石の弘法大師彫ってもらって、そこさ建てて毎日手合せて水を汲むようになったと。そこから、あそこを弘法水とつけたんだと。どーびんと。

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